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蒔絵と万年筆

蒔絵とは

漆を使用して装飾をする漆芸の一種を蒔絵といいます。
蒔絵(まきえ)とは、その名前のとおり『蒔く(まく)絵』という言葉から起こり、下塗りや絵付け、色付けなどの後に金粉を蒔いて散らし、立体感や豪奢なイメージを出す工程のことを指します。
また、これらの工程の前の下塗り、後の上塗り次第で全体の出来栄えに大きな影響をもたらし、上塗りの後の研ぎ出し(とぎだし: 表面を研ぐことにより平滑にする)工程が最終的な作品の巧拙を決定します。
なお、装飾として金粉以外に箔や切り金(きりがね:箔よりも厚みのある板状の材料)を使用する平文(ひょうもん)技法や、卵殻(らんかく:白の色を表現する為にうずらや鶏の卵を細かく刻んだもの)、夜光貝やアワビなどの貝を埋め込んだ螺鈿細工などは技法としての蒔絵とは区別されます。
また、作品の表面を掘り込み、その部分に粉や箔を落とし込む沈金とも区別されています。 

 


漆について

海外の方が磁器をCHINA(シナ)と呼ぶのに対して漆をJAPANと訳すほど漆は我が国を代表する素材といえます。
漆の語源は『麗しい(うるわしい)』とも『潤し(うるおし)』とも言われ、7000年ほど前から存在し牛馬とともに古来から 生活にはなくてはならないものでした。
漆の液に接着力があることから、椀などの食器の保護や強化、形状の安定の為の大切な材料だったといえましょう。
漆の木から採りだせる褐色の樹液が漆であり、この樹液に多孔質の珪藻土を混ぜ、器や家具などとの密着を強めることで 長持ちのする日用品に作り上げています。
輪島(現在の石川県の)や根来(現在の和歌山県)に代表される様に毎日使用する食器などに布をあてがい、それを漆で固めて 強くする布着せと呼ばれる技法も現在でも踏襲され、その耐久力の証とされています。

 
   

漆の木は高湿度の地域で育成されることから、中国や日本のみならず東南アジア地域でも豊富に採集がされて いますが、漆が採取出来る様になるまでには植付後8-9年を要します。
このことから近年では、日本でも量が見込めなくなったことから下塗りには中国製の漆を多用することになり、良質に 精製した日本製は日用品には余り出回らなくなっています。(精製と濾過をした漆を生漆(きうるし)と読んでいます。)
  この原料(生漆)に一般的には顔料を混ぜることで黒や朱の色漆が出来上がり、接着剤としてのみならず着色や装飾が出来る ようになりました。
塗りたての漆の表面は、この漆の中の成分であるウルシオールが褐色であることからやや暗めの色合いになりますが、 大気や紫外線に触れていくことで徐々に透明化して本来の色が鮮やかになって参ります。
また同時に漆が硬化していくことで、表面が強くなります。
たとえば正倉院に代表されるいにしえの収蔵品が今でもその形を留どめ、色も鮮明さを保っているのはこの為といえま しょう。(但し、紫外線に触れすぎると漆が劣化してしまいますのでご注意が必要です。)



会津漆器 会津蒔絵

日本各地で漆が採取されてきたことから、漆器や漆芸は多くのところが産地となりました。 この為、会津(現在の福島県会津若松市近辺)においても、殖産振興の一環として16世紀に蒲生氏郷公が豊臣秀吉から この地を任された際に漆を産業として町おこしをしました。
氏郷公は、前任の地である近江の国(現在の滋賀県)から、木地師と呼ばれる木工職人の多くを招聘し食器や仏具などの 実用品の生産を主体に同地の産業化を推進してきた訳です。

プラチナ万年筆では、この会津の頑丈な漆芸をベースとして、 日本で最初の蒔絵分野の伝統工芸士に認定された曽根東雲氏をはじめとする蒔絵師の方々に、 代々継承されてきた技法により、伝統を重んじた蒔絵のモチーフを万年筆などに施して戴いています。


   


加賀蒔絵

他方、加賀蒔絵は加賀前田藩百万石を興した初代前田利家公の殖産振興策の一環として始まりました。
位置付けとしては大名の婚礼品や印籠、茶道具などの豪華で華麗な美術品として着手がなされ、北陸地方において九谷焼 や輪島塗と合わせ著名な伝統工芸として位置付けられています。 この為一品製作が多く、蒔絵の技法も高蒔絵など贅沢に金を使用したものが現存しています。

プラチナ万年筆では、全国の著名な蒔絵をそのそれぞれの優秀な技法や作例を元にモチーフを厳選して 蒔絵万年筆に仕立てております。加賀蒔絵には、大下宗香(雅号;宗香)氏との話合いの中から決定した仕様にもとづき、 氏の作風の中で一本一本の生産・仕上げを永年委託しております。

   


万年筆と蒔絵

万年筆と漆には長い歴史があります。
万年筆が誕生した当時、工業規格品に用いられた材料はエボナイトと呼ばれる硬質ゴム(ゴムと硫黄の化合物) くらいしか存在しませんでした。このエボナイトは成型がしやすいこと、硬いことなど作り手にとっては便利な特徴を 備えていましたが、他方ゴムを主原料としていたため基本的には色は黒しかなく、多様性がありませんでした。その後 セルロースを主材料として樟脳やアルコールで化合したセルロイドが発明され華やかな色とりどりの柄が生まれ多品種化 が可能になりました。
その後皆様が日常お使いのプラスチック(化学合成樹脂)の成型品にすべてとって代わられたことはご存知のとおりです。
さて、このエボナイトを万年筆の軸材に当時のメーカーは多用していましたが、エボナイトは紫外線などに弱く、長期間 経過することで手の汗などにも反応して変色をしてしまう弱点がありました。
この為にエボナイトの表面を何かで保護する必要が生じ、これに漆が用いられるようになったのです。
折角漆でコーティングをするのであれば、色漆で色展開をしてみる、また蒔絵で装飾をしてみるということになり、 万年筆に蒔絵が施されたものは海外でも大変な人気を博する様になりました。
蒔絵の装飾がなされたものは板材を組合せた箱や棚の様な指物(さしもの)が多く見られますが、万年筆の様に軸にアール (曲面)が大きく掛かっていて小さいものは指物とは別に蒔絵が難しいものでした。
曲面が多いことから、蒔絵や貝などの螺鈿細工が困難であり、またモチーフが大きすぎると柄が一周回ってしまうことから、 柄同士の配置などにも細かい神経を使ってきました。
ただ、これが為に珍重され、ペンが常に手の近くにある日用の(筆記)道具であることから、お客様に愛でられてきました。
プラチナ万年筆では、伝統的なモチーフを採用しながらも時には大胆に、大きなモチーフ(富士山や月)をこの小さな万年筆 に細かい蒔絵の技法により凝縮することで楽しさを加えて参りました。